【その5】 ハンマーで殴られるような痛み 人間はいつ死んでもおかしくない

ハンマーで殴られるような
頭が割れそうな…とはこのことです



いつしか役者になりたいといった気持ちは消え失せ、バイト、彼女、パチンコ、タバコ、お酒に明け暮れる日々がつづきました。


地元にいたときとおなじ状況にもどったのです。

バイトが終わって仕事仲間と飲みに行き、終電に乗って当時付き合っていた彼女と同棲していたアパートへ帰りました。


布団に入って寝返りを打ったとき、それはなんの前触れもなく急にやってきました。

左後頭部になんどもなんども激痛が走りました。

例えていうなら、なんども


ハンマーで頭部を殴られている


ような痛みです。

頭が痛い
苦痛のあまり身悶えました

吐き気をもよおし、なんども嘔吐し、身体がよじれるほど痛みに悶えました。

意味がわかりません。


どうにかひどい頭痛はマシになり、夜が明けました。それでもまだ痛みます。

昨夜はひどかったと思いながら朝起きると、今度は右手がまともに動きません。力が入らないのです。


その日はバイトを休み、バスに乗って僕は初めて東京で病院へ行きました。

CTスキャンで頭部を撮ってもらい、診察室で画像をみながら説明を受けます。

左小脳に白い影がありました。

先生はあっさりと「腫瘍だね」と言いました。

悪性ならガンです。

フクテツ
フクテツ

ガーーーーーン

ヨメちゃん
ヨメちゃん

そんなのいらないから


とにかく精密検査をしたほうがいいということで、さらに精密に調べられるMRIの診断をすることになり、別の日に別の病院でMRIを撮りました。

MRIで撮影
MRIで精密検査の結果…

兄にそのことを伝えると、診断結果を聞きに行く際にバイクで病院へ連れて行ってくれました。


病院の受付で僕は名前を書こうとするのですが、右手が麻痺しており、力が入らず手が震えてうまく書けません。

見兼ねた兄が変わりに書いてくれました。

そのとき兄は〈こいつ、もうすぐ死ぬんや…〉と思ったそうです。


MRIで精密検査をした結果、どうやら腫瘍ではなかったようです。


しかし脳です。安心はできません。では脳にある白い影の正体は?



どうやら【くも膜下出血】だったようです。

お医者さん
お医者さん

【くも膜下出血の症状】
・頭を殴られたような突然の激しい頭痛
・嘔吐、血圧上昇
・手足が麻痺したり物が二重に見えることもある
・死亡率が高く、手術により救命できても後遺症を残す場合もあり、
たいへん恐ろしい病気といえます。

フクテツ
フクテツ

ひぇーーーーーーー!!

ヨメちゃん
ヨメちゃん

けっこう危なかったのね


ほぼ当てはまっています。
死亡率が高く、後遺症を残す場合ありって…。


とりあえず様子をみることになり、1週間後に診察することになりました。


診断までのその間、バイトは休んでいました。


バイトを休んでいる間、僕はなにをしていたのかというと、テレビゲームをしていました(麻痺していてもボタンくらいは押せるのです)。


バイトも行かずにゲームばかりしている僕に、同棲していた彼女はいい顔をしませんでした。

ヨメちゃん
ヨメちゃん

元気なのに仕事を休んでゲームしてんだもんね


1週間後、病院へいってCTを撮り、診察してもらいます。


すると、左後頭部にあった白い影がすこし小さくなっていました。

そういえば、右手の麻痺も少しずつ回復していました。

先生によると、脳のまわりには水の膜があって、その水が血を洗い流してくれたのではないかと言っていました。


自然治癒というやつです。

僕は幸い、なにごともなく助かりました


現在も至って健康です。もちろん麻痺も後遺症もありません。

いまだに脳のレントゲンを撮ると、小脳に損傷した影があります。

小脳が損傷した部分は大脳が代わりに補ってくれているらしいです。

自分のことなのにわからないことはあるものです。



僕はこの件を境に、


〝人間はいつ死んでもおかしくない〟


と、まさに身をもって知りました。

いつ死んでもおかしくない
人間いつ死んでもおかしくない



人間はいつ死んでもおかしくない、やりたいと思ったらやれるときにやっておこう


ある日、地下の本屋で立ち読みをしていると書棚から一冊の本が目につきました。

『10万円 日本一周 74日間の旅』という藤原かんいちさんの本です。


原付のカブで、しかも10万円で日本一周の旅。その日々を綴った本です。

この本が僕の人生を変えたといっても過言ではありません。


この本を読み終えた僕は、スクーターの旅を決意します。目的地は行ってみたかった北海道。

目標が決まったことに、初めてのことに、とにかくワクワクしていました。

まさにボルテージは最高潮でした。

同棲していた彼女とはその機会に別れました。

くも膜下出血が発症するまえから、お互いに熱が冷めていたのです。



大阪へ戻って兄に1万円で譲ってもらった50ccのスクーター(ヤマハ・ジョグ)で、7月に大阪から出発して日本海へ。

山間部の富山、長野を抜け、東京で一休み。その後太平洋を北上し、北海道へ。

北海道の満点の星空の下で食べたチキンラーメンの味は忘れられません。

北海道を一周したのちに今度は日本海側から東京へ向かい、太平洋側から和歌山の紀伊半島を回って大阪へ帰りました。

毎日海岸や道の駅やときには公園で野宿をし、およそ2ヶ月間旅をしていました。


旅にはいろんな一期一会があります。

大型バイクで連休に駆け足でまわっている会社員や、自転車で北海道から沖縄へ向かっている青年。

キューリをくれたおばさんや、スイカ1個まるごとをくれたおばあさん。


夜にガス欠になり、ガソリンを分けてくれたタクシー会社の人。

家の敷地にテントを張らせてくれた人や、バーベキューに誘ってくれた人、中には家に泊めてくれた人もいました。


さまざまな思い出がぎっしり詰まっています



しかし、このあと僕は、自殺を考えるくらい人生のドン底へ落ちました…。




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