【その4】 役者になる! と東京へ向かったが…

憧れの東京
花の都大東京へ


フクテツ
フクテツ

ホント、お恥ずかしい話です


お恥ずかしながら、元来おとなしいくせに目立ちたがり屋な僕は、ただ漠然と、本当に漠然と、有名になりたいと思っていました。


東京で就職して暮らしていた兄が「どうせレールを外れてるねんから、なにしてもええんちゃうか?」と東京で住むことを誘ってくれました。

「じゃあ、役者になろう」という軽い気持ちで、バイクに乗ってワクワクした気分で東京へ。



(余談ですが、静岡あたりでスピード違反で捕まりました。

標準語の警官は初めてだったので、停められたあとに、「そんなにスピード出しちゃだめだよ〜」と声をかけられ、〈あぁ、なんて優しいんだろう〉とおもった記憶があります。

僕が住んでいた地域ではパトカーの拡声器で

「くぉらぁ! そこのバイク止まらんかいっ!!」

と怒鳴られていたので…(笑)

正直、ヤクザより恐いです。

もちろん、警官によりけりだと思いますが)



東京で住みはじめ、とりあえず飲食店でバイトをはじめました。

東京で暮らしはじめてしばらくして、兄のツテで1回公演(1週間公演)限りの即席の劇団に入れてもらうも、そこはズブのど素人。


発声もわからない、演技の「え」の字もわからない、なにをしていいのかわからないくせに、先輩に聞くこともしない。


やがてつまらなくなり、練習にはいかなくなりました


ある日、電話で監督に鼓膜が破れるんじゃないかというくらいにこっぴどく叱られ、演技はとんでもなくヘタクソでしたが、どうにか千秋楽までやりました。

舞台を作るのは大変な作業です

フクテツ
フクテツ

あのとき本気で叱ってもらってよかったと思います。

悪いことをちゃんと叱ってもらえるって、案外貴重です


連日満員御礼で千秋楽を迎え、最後の演者紹介が終わったあと、盛大な拍手は鳴り止みませんでした。


千秋楽の舞台が終わってから舞台に立って、お客さんがいなくなった暗くて狭い会場をみていると、涙が溢れてきました

最後になってしんみりしたのではありません。

自分があまりにも情けなかったからです。


小さな演劇でも、いろんな人間が関わっています。


メイクさん、照明さん、音楽、小道具、大道具、衣装、販促物担当、役者、脚本家兼監督などなど。

ほとんどが兼務でしたが、全員、演劇が職業ではありません。自分の仕事が終わってから毎晩のように集まって稽古をし、休みの日には道具や衣装を作っていました。


そんな状態で僕が取っていた行動は、稽古をさぼる、手伝いはしない…。全員に迷惑をかける本当に面倒な奴でした。

みんなが一丸となって輝くものを作ろうとしているのに、その上から泥を塗っていたのです。


それがはっきりとわかったときには遅過ぎました。あまりの申し訳なさで涙が溢れてきたのです。


本当にバカでした


その後、役者は向いていないと知りつつ、エキストラの仕事などもしましたが、中途半端な気持ちでは無理です。


結局なにをどうしていいのかわからないまま、バイトと彼女に明け暮れ、東京での時間が過ぎていきました。



そんな東京でのある日、


生死を分ける恐ろしい出来事


が僕を襲いました。





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