【その1】 背筋が震える恐怖の家と、貧しい子ども時代

こんなに綺麗じゃありませんでした




子どもの頃はそれほど気にならなかったのですが、ウチはいわゆる貧乏だったんだなと大人になっておもいました。



僕は3人兄弟の末っ子として産まれました。


男が2人つづいていたので、きっと両親は女の子が欲しかったのだと思います。


僕が産まれたときの甲高い産声から、母親は「女の子だ!」と思ったそうです。結果は またまた、またにたまたまが付いている 男…。

ヨメちゃん
ヨメちゃん

下ネタね



でも、それで残念だったとは言われたことはありません。


むしろ僕が産まれてくれて良かったとさえ言ってくれていました。


愛されて育ったんだなぁとしみじみ思います。


そんな僕を愛してやまなかった両親は(ちょっと言い過ぎかも)、もうすでに他界しています。


僕が23歳のときに父が他界し、僕が34歳のときに母が他界しました。



よく言われる話ですが、僕も親が他界してから「ああしておけば良かった」と思います。



こういった経緯からも、僕は「しなきゃなぁ」と思ったことは、なるべくすぐに行うようにしています。


しかし、ズルズルと先延ばしにしてしまうことも割とあります。

フクテツ
フクテツ

まだまだ修行がたりません…



だから自分に言い聞かせるためにも、このことを書いています。


背筋が震える恐怖の家と、貧乏な子ども時代

子どもの部屋は壁全面らくがきだらけ

冒頭でも書きましたが、よくよく考えてみるとウチは貧乏だったなと思います。



物心ついた頃から、古い府営の長屋住宅に住んでいました。そのうちに水洗トイレになりましたが、最初は汲み取り式のボットン便所(和式)でした。


掃除や片付けがヘタクソな母親だったので、モノが溢れ、ゴミが散乱していました。



夜中にトイレに行くとカサカサッとなにやら音がしたと思ったら、黒いなにかが飛んできました。


その正体を知っている僕は、「うわっ!」声を出して驚いてしまいます。



黒い物体の正体はゴキブリ です。



ゴキブリがズボンの裾から入ってきたこともあります。



叩くわけにもいかずズボンの中でカサカサ動いています。



頭の中はパニックです。



府営住宅の家にも関わらず、当時はちょっとした庭があったので、幼い頃から本当にいろんな動物を飼っていました。


猫などの拾ってきた動物や、もらってきた動物。


カメやザリガニなど捕まえてきたもの、ときにはハトも拾ってきたことがあります(足を怪我して飛べなくなっていました)。


おもに僕たち子どもが拾ってきます。


不思議と親にダメとは言われませんでした。



ただ、動物を飼うのはいいことだと思うのですが、しつけがなっていません


猫は放し飼いで、ノミがぴょんぴょん



家中のそこらへんでウンチやおしっこをしてまあ臭い!



猫用のトイレはあるのですが、片付けができていないのです。


家の中でありながらウンチを踏むことも多々ありました。

ヨメちゃん
ヨメちゃん

ゔげ〜〜〜

フクテツ
フクテツ

おそろしや〜


いま思うと、


我が家は背筋が震えるくらいおぞましく汚ない家 でした。



そんな家で僕は2歳年上の兄とダンボールで自動販売機を作ったり、ガチャガチャもダンボールで作ったりして遊んでいました。


自分でスゴロクを作って学校で友達を集めて、スゴロクを使った賭け事をしていたこともあります。


ゲームブック(読者の選択によってストーリーが進んでいく本)をノートで作って友達に売ったり、すっごい雑な漫画も描いていました。



子どもの部屋の壁は全面ラクガキだらけでした(写真を撮っておけばよかった…)。


天井にもラクガキが描かれていました。



これまた不思議と親に怒られたことはありません

放任してくれていました(古い住宅だったので、別にいいと思ったのだと思います)。



絵を描くのが好きだったので、動画のパラパラ漫画も描いていました。


中学の国語の本はページ数が多くて大作が描けてよかったです。授業中に夢中で描いていました(とっておけばよかった…)。



貧乏なので流行りのおもちゃは当然持っていませんでした。


少ないおこずかいで買えるような代物ではありません(そもそも、おこずかいを小学生の頃にもらった記憶がありません)。


もちろんジャンプやマガジンなどの漫画を買うこともありませんでしたが、親の育てかたが良かったのか、不思議と他人をうらやましいとは思わなかったです。



裕福ではないと思っていましたが、それほど貧乏だと感じなかったのはよくお腹いっぱい食べていたことや、貧しい思いをしたことがないからだと思います。


欲しいモノを買ってもらえないことはありましたが、ちゃんと理由のあることでした。


また、両親は子どもにひもじい思いをさせていなかった。


僕の両親は子どもに辛くあたることもなかった。


ただ、お金がないとなにかと不便 だということは、なんとなく子どもの頃から考えていました。



僕が小学校の高学年から中学校にかけて、当時関西で絶大な人気を誇っていたのが、お笑いコンビ「ダウンタウン」でした。



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